これが私の書きたいこと! 失いながら生きる(13)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

失いながら生きる(13)

 流石に9年間も精神病院で入退院を繰り返していると、病気仲間という人脈のネットワークができる。自分に仲のいい友達ができると、その友達が自身の殆どの仲間を紹介してくれ、人の輪ができ、発展していく。
どちらの病院の患者でも、精神を患っているという点では共通しており、たまにではあるけれど、とんでもハップンな被害妄想を勝手に抱かれていたり、酷い場合は敵意さえ持たれていたりするから、患者同士で人間関係を構築するときには慎重でなければならない。
仲良くなった友達の紹介で交際を始めるのが最も安全なのである。そしてできれば他人の悩み事などには、同情の意を表しても、安易に口を出さないほうが賢明である。

自分はつい最近、患者の見舞いに病棟に上がっていったが、自分には身に覚えが無い言葉をTさんに話したことになっていて、自分からそんな風に思われたのかということを知って落胆した・・・とTさんから告げられた。ありえない話が自分の知らぬところで展開されていて、寝耳に鼻水だったこちらとしては、「ここは精神科。妄想・幻聴で話を作り上げる患者もたまにはいるだろう」―――と、とりあえず否定できたからよかったものの、人の与り知らぬところで交わされる話には弁明の余地が無いからタチが悪い。

 精神病院では自分が直接見たもの以外は決して信じてはならないと、再び自分を戒めたのだった。

「再び」というのは以前にも、家族から障害者年金を全て取り上げられている若い男の子がいて、一人暮らしを始めなければならないけれど、お姉さん夫婦が送ってきたのは15万円ぽっきり。これでは何もできないと言うんで、知り合いのリサイクル業者を紹介してテレビ・2ドア冷蔵庫・全自動洗濯機を1万5千円で調達してもらって、箪笥の代わりにカラーボックスをいくつか買ってあげて一緒に組み立ててあげたり、「百均」に連れて行って、身の回りのものを買い揃えてあげたりして世話をしてあげたことがあった。
 
本人は自分と接触のある患者には「いつもKさんには助けてもらって感謝している」と言いながら、私の知らない人には、中年ババアが体欲しさにあらゆる必需品を俺に貢いできた――――ということになっていた。
これが発覚した時点で、勿論自分はキンキンカンカンになって

「 奴のアパートを訪れて自分が世話をしたものは全部取り上げます」

と主治医に告げた。

が、当時の私は入院中で、車や友達の手配をするのが酷く億劫に感じられてきて、主治医に

「きついから、もう(あの作戦)止めようと思います」

と、言うと、主治医は

 「けじめをつけてきなさい」

 「そうでもしないと世間の冷たさと社会の厳しさを彼は学べなくなるんだから」

と、意外なことをきっぱり言われ、這うようにして奴のアパートに行って殆どの電気製品・洗剤などを取り上げたことがある。
 
 やはりT病院が「うつ病専用病棟」なのに対して、R病院の「うつ病棟」はうつ病以外の患者がいるせいで、トラブルに巻き込まれることが多い。

 病棟の雰囲気は誰が入院しているかで、快適にもなれば憂鬱にもなる。
 
 大抵の揉め事は喫煙室から始まる。畳3畳分くらいしかない窮屈なところででも同じ肺ガンというリスクを背負ってまでタバコを吸っている他の患者に対して、少し親密感が生まれるからかもしれない。
 親密感が何故揉め事に発展するのか自分は不思議に思っていたが、狭く隔離された場所で一定の時間を共有するとなると、余程状態が悪くない限り挨拶くらいはするし、感触がよければ軽い自己紹介をしてくれる患者もいる。 患者は周囲の理解が得られない人が殆どであるために、仲良くなると自分の苦しさを知っているという単純な動機があったり、話相手に窮しているという事情もあって、患者は己の置かれている立場や虐待の体験や理不尽な経験などを無防備に語り始める。

 こういう場合、相手に少しばかりの知恵と気力が残されていれば、ただただ相槌を打って共感している振りを演じればよい。しかし、そこは精神病院である。一見普通に見えていた患者に対してでも決して告げてはならないことがある。そのあたりの空気を読めないで、地雷を踏んだが最後、2度と口をきかなくなったり、発展したりすると、諍いの真っ只中にいる患者のどちらの味方をするのかという、実にくだらない問いかけに返事をさせられる羽目になったりする。

 さっきまで談笑していたと思って見ていると、突然

 「子供を産んだことのないあんたに何が分かるもんか」

と、言って立ち上がり、仲のよい患者をつかまえて、事の顛末を我田引水よろしく語り始める。
 当然、敵になった患者も、やはり仲のよい患者をつかまえて、泣きながら理不尽な喧嘩相手の態度を激しく詰る。厄介なことに、放っておけば翌日には普通の関係に戻れたかもしれない2人を相手に、仲裁をしようと試みる患者が必ず出てくる。
 結局、それが件の2人の関係をこじらせ、いつの間にか気がつくとW派・S派・J派というちょっとした派閥が出来上がってくる。

 勿論自分は高齢だからそんな人間関係からは一線を引くようにしてはいるが、各々の派閥の領袖が馬鹿みたいな言い訳を語りにくるので、相手の感情を逆なでしないように細心の注意をはらいながら、一応はフムフムと聞いてはあげることにしている。このような立場になったら、領袖の話を無視することは殆どの患者を敵に回すという事態に発展しかねない。
 そして、自分の判断や、他の領袖に告げられて困るようなことは絶対言わないようにしている。

 自分の話した内容が、まともに他人に伝わる可能性は限りなくゼロに近い。
 精神的におかしい人たちとの集団生活のイロハの「イ」である。
 
 自分がどの派閥にも属さないことを皆は分かってくれていると思って無防備な行動をとると、

「あなたはあっちの味方なのね」――――と勝手に決め付けて、挑発的な行動に出てくる患者もいる。
 そういう諍い事を起こす患者は決まっており、何か事が起きると噂は患者のネットワークを通じて一斉に外来患者にも流れるようになっている。ここR病院で流される患者のニュース速報はNHKの地震情報よりも遥かに早くて、あくまでも怪しい。

 入院を迷っている患者は、必ず自分に

「今、誰が病棟に入院しているか」

と、尋ねてくる。争いを好む人としてブラックリストに載っている患者が病棟にいると聞くと、入院を先延ばしして、彼らが退院するのを待って入院してくる患者も少なくない。

 うつ病にも色んな型があり、ただただ体がだるくて一日の大半を眠って過ごす人、焦燥感が強く常にイライラしている人、まるで魂の抜け殻のような顔をして泥のようにベッドに横たわったまま動かない人・・・。この中で一番タチが悪いのはイライラ型で、自殺の確率も非常に高い。

 そんな患者の中で一番の影響力を持っていたのは演劇部上がりのHちゃんだった。彼女は同級生の御主人と2人で生活していた。彼女も自分同様、イライラ型のうつ病だった。彼女は特別養護老人施設で最底辺の生活をしている老人達の面倒をみる仕事をしていた。
 彼女が一番やりがいを感じた仕事としてホームレスの3人の老人を保護した時の話をしてくれた。住む場所も無く、年金も何も持たない2人の男性と1人の女性にまつわるエピソードだった。

 その老女はもう1人の男と結婚するのを夢見ていたが、もう1人の元締めみたいなヤクザに売春行為を強要されていたらしい。凄まじい年月を経る間に老女は持ってない病気は無いのではないかと思うほど、ありとあらゆる病気をもっていたという。
 施設に移送されてきたときは既に手遅れの状態だったので、最後に老女の夢をかなえてあげたいと思い、戸籍がどこにあるのかを探したりして、必要な書類を集めて老女にサインをさせてあげたら、老女は元気になるのではないかと周囲が期待するほどの笑みを満面にたたえて喜んでくれたと。しかし、病気が多すぎて手の施しようも無い状態だったので、その老女はあっけなくこの世を去ったという。

 Hちゃんは40歳だったけれど、子宝には恵まれていなかったため、その分、仕事に対しては使命感に似た責任感をもって臨んでいたが、そのような理不尽な人々の人生という不条理に涙し、最期を看取るという仕事からくるストレスで心が破綻したと見えて、イライラ型のうつ病にかかってしまったのだった。
 職場に早く復帰しないとマンションのローンが払えなくなるとのことで、そのことを非常に悩んでいた。彼女も入退院を繰り返していたので長期の休暇をとっているようだった。

 一般にはあまり知られていないが、抗うつ薬の中には女性を性的に刺激する成分が含まれており、実際に自分も病院で知り合った男性と深い関係になった女性を知っている。Hちゃんもきっとそうだったんだろうと思う。
 外来にしょっちゅう来る高校の先輩に当たる男性と深い仲になっており、彼女は退院後、実家に頼んで一人暮らしをさせてもらっていた。

 「生きるってどういうこと?」という話を先輩と頻繁に話し込んでいる様子を何度か見かけたことはあったが、深い仲になっていたということには全く気づかなかった。

 ある日、患者仲間のFさんから電話があり、Hちゃんが練炭で自殺したということを教えてくれた。
 実はこのF氏も子連れシングルの患者さんと入籍を決めていたが、先方の両親の猛反対にあい、その後、4階から飛び降りている。
 
 子供がいないという不運、過酷な人生を送っている老人の世話をするハードな職場でのストレス、復帰の目処が立たないという絶望感、夫を裏切ったという罪悪感・・・治るまで待てなかったんだろうと自分は思った。棺に横たわっているHちゃんがとても安らかに眠っているように見えたと同時に、「逃げ出すなんてずるいよ・・・私だってこんなにきついのをこらえているのに・・・」という思いが頭をかすめた。自分も死のうと思ってOD(OVER-DOSEの略で大量服薬の意)を何度も繰り返していたから、自殺した友人の葬儀に参列すると、「ずるい」「自分だけ楽になりやがった、コンチクショー!」という感情がどうしても先に出てきてしまうのである。
 
 彼女の高校の先輩は他人が見たら何と思うだろうかと心配なくらい葬儀場で号泣していた。こじんまりとしたお葬式だったので野太い声で彼が泣くと非常に目立つ。旦那さんには離婚して、先輩と再婚するとまで生前に話しておいてあったのは知っていたが、御主人のことを思うと、最後までHちゃんはご主人の妻だったんだと思ってもらいたかった。我われのように精神的な問題を抱えている人は治るまで、人生の大事を決断してはいけない――――これは常識の範疇に入る精神病患者の決まりごとである。
 
 周囲から黄色い視線を浴びているのは承知していたが、自分はある患者の悩み事を親身になって聞き、一緒に打開策を模索していた。
 入院中、自分はこのようなことに、しょっちゅう時間を取られるのだが・・・。
 そして、先に退院していったその患者から自殺を予告するメールが届いた。看護師に事情を話しても構ってもらえなかったので、自分は非常に狼狽し、次の回診の折に主治医に看護師の対応について苦言を申し出たら、逆に、そういうことに巻き込まれるあなたが悪いとはっきり言われ、ショックで前後不覚となり、病院を飛び出し、薬局に飛び込んだ。
 
 バッファリンを88錠飲めば死ねると「完全自殺マニュアル」に書いてあったので、バッファリン大箱80粒入りと60粒のイブを購入し、それを一気に飲み干して、ふらふらと住宅街へ歩いて行った。このまま倒れて死ねばいいと考えていた。もう生きていることに疲れ果ててしまったようだった。
 しかし、何故か病院の職員に見つかり日赤に搬送され私はまだ生きている。Hちゃんは亡くなってしまった。この2人の違いは一体なんなのだろうか・・・。寿命というものなのだろうか。
 しかし、Hちゃんのような、あんな安らかな顔に戻れるものなら自分も早く戻してほしいと心の底から何者かに祈った。

 そんな時、頼んであった「アガスティアの預言書」の検索結果が自宅ポストの中に無造作に投げ込まれているのを発見した。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

気を抜いてたら 続編書かれてた!
結構、楽しみにしているのです。
楽しみにしてると書いていいのか分からないんですが、
自分でも驚くほど夢中かもしれません。預言書の検索結果が楽しみです。
あと、ODの説明が欲しいですね。自殺という意味でしょうか。

それから、できればリンクさせて頂きたいのです。どうかなぁ。
薫子さんの都合もあると思うので、嫌なら気軽に断って頂いても大丈夫なのでw



こんばんわ

訪問ありがとうございます。
指摘してもらったODは業界用語ですね!!
日記に説明文を加筆しておきますね。

アガスティア・・・恐るべしでございます!!

>
> それから、できればリンクさせて頂きたいのです。どうかなぁ。
> 薫子さんの都合もあると思うので、嫌なら気軽に断って頂いても大丈夫なのでw

モチノロン、オッケイですよ。ただブログど素人なんで、相互リンクのやり方をできれば
ご教授ください。

No title

あwありがとうございます。

ODもよく分かりました。オーヴァードライブ?とか、
絶対違うこと考えてたのですが、オーヴァーは当たってたwやったw


リンクは簡単にできます。ぼくのブログに飛んでもらって、左のプロフィールとか、

カテゴリとかかいてるところ、ずーっと下までいくと、

「このブログをリンクに追加する」ってのがあるので、ポチリしてくださいませ。

後は、なるようになりますw

No title

らいとさん

説明不足ですみませんm(__)m

オーヴァードーズのDOSEは,薬の一回分という意味ですから、服用量を超えて飲むという感じです。
業界ではリスカとODは2枚看板です。最近は確実性の高さから練炭・硫化水素とかに押され気味ですけど・・・(笑
プロフィール

アバター薫子

Author:アバター薫子

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
15722位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
主婦
1740位
アクセスランキングを見る>>
ランキング
気が向いたら記念にポチっとお願いします!
フリーエリア
ユニセフ
http://www.unicef.or.jp/img/link_120_60.gif
フリーエリア
高校生の頃よく聴いてました
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。