これが私の書きたいこと! 失いながら生きる(11)

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失いながら生きる(11)


「今までにいろんな霊能者に会ってきたけど、当たってるところもあれば外れてるところもあったじゃない」

「まだ9歳の娘がもしかすると一芸に秀でて世に出るなんて、ヴァラドワージャ様は針の穴に駱駝が通るとでも思っているのだろうか?自分が国会議員になるよりも難しい世界だというのに」

「とりあえずは、お金を貯めなくちゃ、お金、お金・・・」

「しかしこのまま豪華なチュチュを着てスポットライトの下で華麗に舞い踊る娘を応援するには、ご飯に塩をかけて暮らすしかないのではないか?」

「早く仕事を見つけなくては・・・それも年収300万円くらいは稼がないと、かわいい息子もいることだし・・・」

 夫が東京の金融機関を辞めたままだったら、職業に結びつかないくせに、お金だけは異常にかかるバレエなどを習わせようとは絶対に考えなかったと思う。何かの分野で世に出るなどということは殆ど不可能であるということを毎朝、毎朝、数分おきに来る銀座線から吐き出されるサラリーマンやOLの群れが黙っていても教えてくれた。

 でもここは地方だし、東京では忙しくて習い事の一つもさせたことがなかったから何か適当なものはないかなあ・・・と考えていたときに、偶々バレエを習っている知人と再会し、彼女は大人からバレエを始めたけれどやっぱり小さいときからやってないと、どんなに頑張っても子供にはかなわないわ・・・Kちゃんは足が真っ直ぐだから習わせたら?と気軽に言ってきた。
 バレエ教室とは言えここは九州。バレエと言っても地方は地方。そんなにお金はかからないだろうと安易な動機で娘を大きな教室に入れた。稽古場は300人もの生徒数を抱える大所帯だった。定期的に東京から文化庁御用達の年季の入った日本バレエ界の偉い重鎮のような先生が振り付けや指導に来られていた。

 この稽古場は秋にチャイコフスキーの3大バレエの一つ、「くるみ割り人形」を全幕やるのが恒例となっており、日常的にあちこちで行われている発表会のように未就学児童の明るいアドリブだらけの遊戯を楽しむといった類のものではなく、一枚7000円のチケットを売って、お金のかかった派手な舞台公演を打つのである。
 教師が一応オーディションを行い、選ばれた50名前後の研究生が踊るというものである。娘の稽古場で説明会があるから来てと言われ、中心街にある、中程度の規模の会議室に緊張して入っていった。

 入り口で、やけに愛想のいい教師陣から大きな封筒をもらったが、教師の顔が何か後ろめたさを感じているかのような作り笑いをしているのがわかったので、覚悟を決めて封筒の中身を覗いた。当時娘は小学校2年生だった。 封筒から振込用紙と、公演のチラシ、3回公演のチケットが出てきた。こんな子供でも「くるみ割り人形」なら出番はある。公演に向けてのオーディションは小学校2年生以上となっていたため、娘は最年少だった。

 封筒の中の振込み用紙には「出演料10万円」と記入されていた。「チケットの協力枚数は20枚」と開いた文書の真ん中にでかでかと書いてあった。「協力枚数」という表現の巧みさに自分は舌を巻いた。
 それは誰がどう読んでも、つまるところはノルマなのである。つまり親が買い取るチケットの枚数が単刀直入に書いてあるだけのことである。

 これを見てしまったら教師の舞台の際の注意事項の説明など、まるで耳に入らず、チケットの嫁入り先となりそうな学生時代の友人の名前を必死に思い出そうとしていた。出演料の10万円は覚悟してはいたものの、チケットが一枚も売れなかったら14万円は全て親が自腹を切る算段になっている。10万円+14万円=24万円。しかしプリマを踊る先輩のチケットのノルマが60枚と聞いて愕然となり、自分は無意識に娘がいくら上手いと褒められて上達しても、稽古場の真ん中で踊る人には到底仕立て上げてやることはできないと悟った。
 アマチュアのダンサーの公演などは、みな一度は来てくれる。が、こちらから2度目のお誘いはしないようにしている。アマチュアの公演など、一回見れば十分だろうから・・・こちらとしても、断るのに窮する友達の顔はできれば見たくはない。

 説明会に来ているご婦人方を見ると、いかにも高そうなワンピースやハンドバッグを着ていたり、持っていたりする。後になってわかったことは、ここはプロのダンサーを毎年輩出するグレードの高い稽古場で、親も地銀の頭取だったり、開業医だったり、大学の教授、寺と幼稚園を経営する僧侶、繁盛している中所企業のオーナー社長だったりで、はっきり言って40万円、50万円などあってもなくても構わないという良家の子女ばかりだった。

 稀に普通のサラリーマン家庭もあるけれど実家が資産家だったり、そうでないケースはほぼ100%の確率で母親がパートを始める。そもそもバレエなどという習い事を実際にやっていたのは自分の高校時代に一人いたくらいで、一般家庭が簡単に手を出せるような習い事ではなかった。
 我われの子供時代は「そろばん、習字、公文」が稽古事の三種の神器であった。実用的だから多少のお金を払ってもそのくらいは習うことができた。

 しかし、今の時代、バレエ人口に関しては日本は世界一を誇っている。文化面で国からの援助が受けられない日本にあっては、家元制度というものができ、暖簾わけするたびにお金が家元に集まるような仕組みになっているので、かろうじて華道、茶道、日舞などは続いてきたのだと思う。
 しかし、同じ芸術関係でも輸入物のバレエはその家元制度もないのに、何故にこのように子供達を惹きつけているのだろうか。

 日舞などは本格的にやろうとするとバレエ以上にお金がかかると聞いた。家元制度への反発がバレエやピアノといった輸入物に耳目を集めるようになったのだろうか・・・。
 確かに家元制度は年々拝金主義になり、母が教えている三味線なども、楽器のチューニングさえできないのに「名取り」をしている人が沢山いる。母はそんな集金マシンと化した芸能界で名前などいらない、楽しめればそれでいいという半ばボランティアのような形で生徒を教えている。

 隣の部屋にいると、簡単なフレーズを母が何回指導しても満足に弾けない人が結構いることが嫌でもわかってくるようになった。マンツーマンで1ヶ月3000円しか払わなくていいので、至れり尽くせり、手取り足取り教えてもらっているのにである。更に驚いたことに、そのうちの何人かは「名取り」をしているという。家元も恥も外聞もかなぐり捨てて、名前を売ることにしか興味がなくなったかのようである。
 家元はお金を集めるのに躍起になって、弟子は弟子で「名取り」という中身の伴わない身分を楽しんでいる。

 何事も派手なことがお好きな団長さんの下で、年々歳々増えていくバレエ関連の経費は留まる事を知らぬがごときであった。何に使われるのか分からないで大金を要求されるのは困るけれど、稽古場で払うお金に関しては使途が明確なので、家元制度の下で踊るよりはいいと思うけれど、よく考えてみれば松山バレエ団や牧阿佐美バレエ団などは全国に支部教室をもっており、定期的に地方の生徒を上京させてはお金を集めているとも聞く。

 バレエのことを考えると芸術とは・・・国の関わりあい方はどうあるべきか・・・・ピアノはどうなの?バイオリンは?と疑問は際限なく広がり、結局何ら前向きな答えを導き出せないでいる。

「息子は学者か医者かあ・・・お金どうすんだよ、お金!」

 どちらに進むにしても、長い間の親のサポートがなければできない。実際、息子は塾にさえ行かせてやれないでいた。1円も稼ぎ出せない自分は、娘の夢も息子の将来も台無しにしてしまうのかもしれないと考えると、件の預言書なんて読まなければよかったと思ったこともあった。

 今となっては遠い過去のファンタジーのように、元気だった頃の最後の思い出として、ふっと思い出すことがある。
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