これが私の書きたいこと! 2010年10月

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失いながら生きる(23)

埃にまみれた「アガスティアの預言書」を引っ張り出して、再度読み返したとき、自分の想像を超えた存在が自分の今回の人生のシナリオを書いておいてくれていたことを思い出すと共に、毎日頭から離れない子供たちの将来に対する自分の責任から、ほんの少しだけ自由になれたような気がして、重苦しい日々の一服の清涼剤的な効果はあった。
 しかし、自分が最も興味のあること――――解脱に関しては、ヴァラドワージャの預言書とは異なっていることや、今生での解脱を絹川氏に祈ったことなどを考え合わせると、この預言書どおりの人生は少なくとも自分に関しては書いてある通りにはいかないだろうことに思い当たり、預言書が捧げてくれた非日常的な数時間は、あっけなく記憶から遠ざかっていき、書かれていた今後の人生のシナリオに関して、既に大方は忘れ去っている。

 20年くらい前からだろうか、所謂「精神世界」と呼ばれる書籍のコーナーが大きな書店に出現したのは・・・。自分の本棚にはインドの宗教関係の書籍は勿論、この精神世界関連の書籍も多数並んでいる。「前世療法」「魂の伴侶」「ソウルメイトを探して」「心の執着を超えて」「聖なる予言」「ラムサ――真・聖なる預言」「自分のまわりでいいことがいっぱい起きる方法」「道は開ける」・・・
 
 40歳で大パニック発作を起こして、本格的なうつ病に移行する前までは、自分はこの精神世界関係の本を読むのを非常に好んでいた。それは、結局、どの書籍も輪廻転生を大前提に書いてあるものが殆どであったし、何より、全ての事象の原因は自分そのものの中にあり、「全ては一つ」というインドの宗教を踏襲したような内容のものばかりで、半ば得意げになって読んでいたように記憶している。
 そして、自分は無邪気に「身に起きることは最善」「人は自分の鏡」「全ては必然」「あらゆる人に感謝」・・・などということを本気で実践していたつもりだったし、ふと思い浮かべた友人から突然電話がかかり、滅多に会えないような偉いお坊様の講和会に誘われたり、朝のラッシュで込み合う銀座線で偶然、高校時代の友人と隣り合わせになったりしたりすると、この世界が全て、ある一定の法則の下で完璧に調和して動いているような確信にも似た信仰を抱いていた。
 これは、真実なのかもしれない。必要があって自分はパニック発作に見舞われ、うつ病という長いトンネルに身を投じたのかもしれない。これは自分にとって最善のことなのかもしれない。病院で知り合い仲良くなった患者とは必ず今生で会って借りを返さなければならない相手なのかもしれない。しかし、自分の40代の半分は入院・静養に費やされている。合法覚せい剤「リタリン」が長期のうつ病患者に処方が許されていたので、自分はこの薬に依存するようになり、離脱症状の苦しさから自傷行為を繰り返していた時期もあった。お陰で、体中、治らない麻痺や変形がいたるところにできている。これも必然なのだろうか・・・

 普通の暮らしを送っていた頃には、この手の書籍は日常生活において特効薬的な効果があった。何か悩みごとが発生すると、書籍のアドバイスを参考に、心の中で苦悩している問題に対して価値を与えて、非常に前向きな結論を引き出して、神に感謝して床についたものだった。
 しかし、うつ病は全ての「やる気」を根こそぎにしてしまう厄介な病気である。ここ数年、本棚に並んだ書籍を思い出したことすらない。字を追うことができなかったのである。

 今日は難解ではあるけれど、一番熱心に読んだ「ラムサ――真・聖なる預言」を引っ張り出してみた。この長いトンネルを抜け出せる方法は見つけられなくても、せめて我慢できる思考を探してみようと思い立ったからだった。自分は好きな言葉の箇所にラインマーカーで印をつけることがある。この本にも沢山のマーカーの後があった。

 「彼の真実は『在ること』だ。神はあなたが何をしようと関係なく、あなたを愛している。なぜなら、あなたは自分のすること考えること全てを通して智恵を得ているのであり、その智恵が人生(つまり神そのもの)を更に豊かにしてくれるからだ。あなたが永遠の存在であること、そして、あなたが永遠の存在であること、そして、あなたが何をしようともその行いがあなたから生命の力を奪うことはできないことを、神は知っている。だから、あなたがこの地上界を去り、自分の人生でしてきた全てのことに思いをめぐらすとき(これは必ず誰もがすることなのだが)、神はやはりそこにいて、これから先にある数限りない明日に向かってあなたを愛し続けてくれるだろう。なぜなら神は、あなたの幻、空想、夢、そのすべてが作り出される舞台だからである」

「父なる存在とは完璧な喜びである」

「この人生はすべてゲームなのだ。それは幻なのである」

「思考によって自分を無知や病気や死へと追いやる力が内面にあると気づく時、さらに大きく広がる限りない思考の流れに自分を開いてやるだけで、自分にはもっと偉大なものになる力があることにあなたは気づくだろう」

 これらの言葉の羅列は発病前の自分にとっては、聖書の福音に匹敵するほどの威力があったようである。しかし今読み返してみると、これらの言葉に力を感じられなくなっている自分がいることに気づく。この本には言葉の限りを尽くして、肉体を持って生きる意味や神と呼ばれるものの本質が語られている。以前は意味が分からず、勉強会に参加したりしては大事なことを教えてもらったりもした。結局は「自分」というのは「命」そのものであり、それが神であり、完璧な喜び・完璧に光り輝く神であるからして、神に会いたければ鏡の前に行けばよい・・・・と。

 鏡に映る自分はうつ病に翻弄されて、くたびれ果てて、覗き込む瞳は絶望的な水溜り以外の何物でもない。しかし、ラムサは今日の思考が明日を作り出していくと何度も読者に語りかけている。いつまでも、何で治らないのかと絶望して薬を飲むよりは、明日はこの薬がどんな素晴らしい一日を用意してくれるのだろうと思って飲んだほうがいいのだということはわかる。しかし、早く治りたい一心で毎日薬を飲んできた自分は、毎日薬に裏切られてきた。

 今から自分がすべきことは恐らく、これだと感じたものに関して、もっと信じる努力をすることなのだろう。数え切れない程の前世でやらかした行為に関して、「善も悪もない神と不可分な自分」が、何かに対して「償う」必要などなかったのに、自らの神性を全く忘れ去っていたがためにカルマという名目で勝手に今回の人生に苦悩や罰を仕込んできてしまっているのなら、そんな必要はないのだと、自分の思い込みから自分で自分を自由にするしかない・・・ラムサはそう教えているような気がした。
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当時はこのギターが斬新に聞えた・・・

70年代後半だったかなあ・・・

確か、サントリーかなんかのCMで、ヘリコプターが着地するシーンのBGMに、この曲が流れた。

うわ~かっこいい・・・と感電死しそうになった記憶があります。

それは、今、思い出せば、そう、「ULTRAVOX」の「NEW EUROPIANMAN」だった。

ライブでは、あの出だしのギターのキレの良さが全く感じられないんで、残念。

レコードとライブの違いを・・・




思い出すなあ・・・。今の若い人が聴いても何とも思わないかもしれないけど、当時は斬新だった

ライブはインタビュー込みで・・・



個人的意見ですが・・・「ウルトラボックス」は「JAPAN」同様、そこそこ日本でも売れたような記憶がありますが、ヴォーカルがもっと上手かったら、もっと売れたんじゃないかと思いました。



YOU REALLY GOT ME!

キンクスといえば、その昔のイギリスを代表する4大バンドの一つ(残りはビートルズ、R・ストーンズ、ザ・フー・・・らしい)

そのキンクスが1964年にヒットさせた、あの曲

YOU REALLY GOT ME

は、色んなバンドがカヴァーしてますよね。なんでかなあ・・・わからない!

一番有名なのはバン・ヘイレンだけど、ブルース・スプリングスティーンもライブで唄っていた。

ご本家・キンクスのヴァージョン




この曲を一気に有名にしたバン・ヘイレンのヴァージョン




メタリカもこの曲を取り上げてました。




この人誰か知りませんが、ヴァン・ヘイレンのコピーが上手いなあ・・・と思って、勝手に貼り付け!





この曲は適度にポップで、分かりやすくて盛り上げやすい名曲なんでしょうね。

まあ、カヴァーされていると言ったら、ビートルズの曲がナンバーワンでしょうが・・・。

長い沈黙の末の新生デヴィッド・ボウイの「LET’S DANCE」

ジギースターダスト時代」「ベルリン時代」の後、暫く映像関係にばかり傾倒していたボウイ
エレファントマン」「バール」「ハンガー」「戦場のメリークリスマス」・・・精力的に活動していましたね。

彼はミュージシャンを志す前にはパントマイムを習っていたらしいので、映画出演には積極的だったんだろうなあ・・・。「地球に落ちてきた男」「ジャスト ア ジゴロ」なんかありましたねぇ。

                デビッドボウイ


で、第3期のデヴィッド・ボウイはアメリカ受けを狙ったのか、「シック」のギタリスト、ナイル・ロジャースをプロデュサーに迎えて、ダンサブルな恋愛を唄ったものばかりを集めたアルバム「LET’S DANCE」を1983年ごろに発表しましたね。

このアルバムはROXY MUSICなどを手がけてニューヨークで話題の的だったボブ・クリアマウンテンを起用しているので、音もクリアで聴きやすい。

おまけに、新生「ウエザーレポート」の注目の黒人ドラマー、オマー・ハキムも参加している。

              レッツダンス

このなかで、一番好きなのは「チャイナガール」だけど、この曲は、イギー・ポップに協力して作られた「イディオット」の中で、イギーが唄っている。まったりとしてますが・・・

で、肝心のデビッド・ボウイのPVは・・・


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ここに出てくる東洋人は、「ミカ」という名の中国人モデルだと聞きましたが、日本人の基準から見ると、美人とは言いがたいような・・・西洋人にとっては「東洋の神秘」を感じさせるのかな?

デヴィッド・ボウイは有色人種の若い女性と結婚していて、かわいい赤ちゃんの写真も見ましたが、まだまだ現役で頑張ってますね。

独特の歯並びが好きだったんだけど、今は綺麗にセラミックで歯を入れ替えてしまっているのが、ちょっと残念だなあ・・・

    ボウイ2         ボウイ1

口元は重要な魅力の一つだったのに・・・

入れ歯・・・かあ!!

このあたりで、一応・・・THE DOORS!

ドアーズというバンド名は、オルダス・ハックスレーが18世紀の詩人ウィリアム・ブレークの詩の一節から取った書のタイトル『知覚の扉』を元に付けたらしい。

「もし知覚の扉が浄化されるならば、全ての物は人間にとってありのままに現れ、無限に見える。」
If the doors of perception were cleansed, everything would appear to man as it truly is, infinite.

デビュー前のジム・モリソンはビーチ・ボーイズフランク・シナトラ、エルビス・プレスリーにご執心だったなんて、とても思えないけど、メンバー同士が「瞑想センター」みたいなところで知り合っているところからして、変性意識状態に並々ならぬ興味があったことは確かだろうと思う。

ドアーズ・・・ドラッグというイメージを誰でももっているんじゃないかな。

初めて全米NO1になったヒット曲「ハートに火をつけて」は2番目のシングル。当時の騒がれ方は尋常ではなかったことが、以下に引用した当時の音楽雑誌の記事からもうかがえる。

もし、君の友達がまだザ・ドアーズに夢中になっていなかったら、もし君がまだザ・ドアーズのアルバムを聴いたことがなかったら、もし君がまだザ・ドアーズのアルバムの売り上げに協力していなかったら、そして、もし君が未だに『ハートに火をつけて』のヒット曲を聴いていなかったとしたら、それは大変なことだ。人生に何かが欠けているのと同じことである

大袈裟だなあ・・・



でも私は2番目のヒット曲となる「まぼろしの世界」を含む、同名のアルバムの方が好きだなあ。

         DOORS-SECOND-JACKET.jpg いかにも怪しい!

で、一番好きなヒット曲「まぼろしの世界



ドアーズフランシス・コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」でシーンの中で「THE END」が使われてから知名度がぐっと上がった。

この映画は、『闇の奥』以外にもT・S・エリオットの『荒地』や『うつろな人間たち』の一節が引用されたり、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』から「王殺し」や「犠牲牛の供儀」のシーンが採用されるなど、黙示録的・神話的イメージが描かれている。
この他、監督の妻エレノア・コッポラの回想録によると、コッポラは撮影の合間、しばしば三島由紀夫の『豊饒の海』を手に取り、本作品の構想を膨らませたそうである・・・難解なはず


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また、オリバー・ストーン監督が1991年に「THE DOORS」という映画を発表するが、ヘロイン中毒で亡くなったジム・モリスンについて理解されていないと、他のメンバーから酷評されたこともあった。以下のビデオは映画の冒頭のシーンが含まれていて、とても美しい映像だと思う。

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昔のロックミュージシャンには、常にドラッグのイメージがつきまとう・・・






             

息の長いギタリスト・・・CHRIS SPEDDING

この人は65歳を超えるご老体になった今でも活動しているところが凄い!彼の活動は、あまりにも多岐にわたるので、その足跡のあらましを以下に長々と・・・

1944年6月17日、イギリス生まれ。出生名はピーター・ロビンソン。
生家の事情で里子に出されクリストファー・ジョン・スペディングに改名したらしい。

                   250px-Chris_Spedding.jpg


フランク・リコッティ・カルテット のアルバム『Our Point View』に参加してプロとしての第一歩を踏み出す。
同じ年、ジャック・ブルースのソロアルバム『Songs for a Tailor』 (1969) にも参加。

1970年に、初のソロアルバム『Songs Without Words 』をヨーロッパ、日本限定でリリース。当時はロックと並行してジャズ・プレイヤーとしても活躍し、ニュークリアスの1stアルバム『Elastic Rock』に参加したほか、マイケル・ギブスとのツアーも行った。

ロンドンで行われた、ハリー・ニルソンの『ニルソン・シュミルソン』にも参加。

1972年から74年にかけては、フリーを脱退したアンディ・フレイザーと「シャークス」を結成。2枚のアルバムをリリース。ロキシー・ミュージックとのツアーも行った。 その後、ロイ・ハーパーのバックバンド、トリガーに加入し、『HQ』に参加したほか、ジョン・ケイルとも共演するなど、 セッションギタリストとして多忙を極める。

1975年には、ソロ名義でリリースした『モーターバイキン』がUKトップ20チャートに入る初のヒットとなった。

同年のアルバム『クリス・スペディング』の『ギター・ジャンボリー』ではチャック・ベリー、ジミ・ヘンドリックス、ジミー・ペイジなどのギタリストの演奏を部分的に再現するなどしている。ライブではこの曲に収録されていないギタリストの演奏を即興で弾いたりもする。

ソロとしてのヒットは続かなかったが、これ以降セッションギタリストとしてブライアン・フェリー、ロキシー・ミュージック、エルトン・ジョン、ブライアン・イーノ、ジャック・ブルース、ニック・メイスンらのレコーディング、ツアーに参加。

1970年代の半ばには、子供向けテレビ番組「ウォンブルス」 のキャラクターとして、毛むくじゃらの衣装を着てフライングVを振り回すなど、仕事を選ばなかった。

1976年3月、セックス・ピストルズの最初のデモ・テープのプロデューサーとなり、"Problems", "No Feelings", "Pretty Vacant"の3曲をレコーディング。

彼自身のアルバム『I'm Not Like Everybody Else』, ライブ・アルバム『13日の金曜日』(いずれも1980年)をリリース、その後はトム・ウェイツの『レイン・ドッグス』などに参加するかたわら、自身のソロアルバムを数枚リリースし、1984年のポール・マッカートニーの『ヤァ!ブロード・ストリート』にもギタリストとして参加した。

2005年にはロバート・ゴードンとのコンビを復活し、ヨーロッパツアーを敢行。デンマーク、スウェーデン、およびフィンランドのライブのハイライトを『The Reunion Tour』としてリリースしたほか、アムステルダムでのライブを収録したDVD『Rockin' The Paradiso』をリリース。

スペディングはゴードンとともに2009年まで大規模なツアーを敢行、またエルヴィス・プレスリーの没後30周年を記念して、エルヴィスの曲のカバーアルバムをリリースしている。

現在もロック、ジャズのセッション・ギタリスト、ソロ・アーティストとして精力的に活動中である。
因みに担当できる楽器はギター、ベース、ヴォーカル、ピアノ、ヴァイオリン

で、日本でクリス・スペディングと言えば、「ギタージャンボリー」くらいは知ってますよね。
ライブではレコード以上にサービスして物まねプレイを披露してくれますが・・・。

1992年に日本で行われたスタンディングライブ・・・何かちょっとお疲れ気味のように見えますが・・・



レコードに比べると、スピード感にちょっと不満が残りますが、レコード以上に念入りにやってますね!
日本人のお客さんの背広姿が、ちょっと痛々しい感じがするのは、私だけかな?

以下はBGMにレコードを流しながら、コピーされてるギタリストのスナップが丁寧に出てきます!



あ~楽しかった

「GUITAR JAMBOREE」は、もうおなか一杯!

高校時代の最高のアイドル・・・・CHEAP TRICK

高校時代の一番のアイドルは・・・「CHEAP TRICK」でした。

よくもまあ、こんなに個性的で才能豊かな人間が集まったものだと、感心しました。

         CHEAP TRICK017         CHEAP TRICK2018



ヴォーカルロビン・ザンダーの父親は歌手志望だったけど、夢が叶わなくて、飲んだくれだったようで、そのせいか、ロビンには、どこか影が付きまとっているような感じがしていました。

ロビンはライブでもレコードと全く同じように唄ってました。かわいい顔に似合わず豊かな声量。

1977年には、おフランスの女性雑誌で「世界一セクシーな男」として、見事ナンバーワンに輝きました。

ライブのMCは専らリック・ニールセンで、ロビンはいつも唄うだけ。だから、ちょっと従順なイメージが・・・

ギターのリック・ニールセンがベースのトム・ピーターソンと曲を書いてましたが、よくもまあ、こんなにキャチーな曲が次から次にできるもんだと、やはり感心してました。

リック
はギターが凄く上手い。彼らは日本で最初に人気が出て、「ライブ アット 武道館」が全米でナンバーワンになり、日本の「武道館」の存在をアメリカに知らしめたとも言われていました。

この人、とてもマメな人で、ファンレターを出すと必ず返事が返って来ていました

ツアー出る時にはサンタクロースのように、ファンレターを詰め込んだ大きな袋をいつも抱えていたそうです。

ライブでは一曲ごとに、必ずギターを取り替えてました。チューニングにうるさい人?ただのコレクター?

人気絶頂の時の世界で一番有名な曲で~す




1992年に来日した時のライブが「WOWOW」で放映されました。私も客席にいました!



ロビントムも帽子が手放せなかった・・・相当ハゲていたと思われ。

でも、歌は上手かった。リックは昔の姿が思い出せないほど太ってましたね~。

このライブがあった日は、トムの誕生日だったんで、アンコールの時に会場と一体になって「HAPPY BIRTHDAY TO YOU」を合唱しました。

トムが脱退してから人気がなくなり、戻ってきたら、また人気も復活。その後も、浮き沈みのは激しいバンドでしたねぇ。





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