これが私の書きたいこと! 2010年09月

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失いながら生きる(19)

 ジェネラルカンダムはまだまだ続く。これから先は未来のことなので、今後の自分の行動次第では若干の変更は必ずあると思う。しかし膨大な数限りない過去世、しかも全く覚えていない時分に犯した行いや心の善悪の集大成が現在の自分なのだから、大幅に変わるとも思えない。ただ、一部の人達は、神を信仰し始めた途端にカルマ解消のための経験が前倒しで起きることが在ると言う。自分も預言書を読んでいて起きたことと、時期が微妙にずれていることを体験している。

 解脱に関するカンダムでは、自分は来世で解脱するということになっていた。この預言書どおりの道をゆけば、今頃の自分は反復性うつ病性障害などとはスッパリ縁が切れて、ビジネスを楽しみ明るい生活を送っているはずである。ところが、未だに病は深刻で生きることに非常な困難を感じている。
 前に自殺を繰り返す太宰治に「あなたにとって生きる力とは何ですか?」と尋ねたものがいる。彼は「嫌になってしまった活動(映画)をお終いまで見ている勇気」と答えている。彼は切羽詰ると死ぬことを考えると著作の中で何度も告白しているが、今の自分もまさに、彼の言葉通りの人生を歩んでいる。

 以前に絹川先生という超能力者に傾倒していた友人に強引に参加させられたワークショップで、「最後に一つだけ願い事をしなさい」と言われて、自分は2度と生まれ変わりたくないから今回の人生で解脱させてくださいと祈った。そして絹川先生は「それを叶えるくらいの力は持ってるつもりです」とはっきり言って退室した。この人物とその後接触した時、今までに感じたことのない目のくらむような波動が目に見えるよりもはっきりとした形で伝わってきて、自分は「至福というのはこういう精神状態ではなかろうか」と思うほどの熱い経験を数秒ほどさせてもらった。彼は本物だと、その時にはっきり確信した。この人は「愛」を人に捧げることのできる人だと・・・。彼はヴィヴェーカナンダの生まれ変わりであるとサイババに指摘されたスリランカに住むナリンセドラとサイババのアシュラムで少しばかり接触をしているという話を彼の心棒者から聞いたことがある。ヴィヴェーカナンダの本名はナレンドラだったので、今回の生でも酷似した名前でナレンドラは再生してきているのである。おまけに、サイババは98歳で肉体を脱ぎ、その一年後にプレマ・サイババとして再びこの世に戻ってくると宣言している。現在ある広大なアシュラムはプレマ・サイババが成人するまで、ヴィヴェーカナンダの生まれ変わりのナリンセドラが引き継ぐように計画してあるので、現在は秘密の特訓が行われていると言われている。
 自分は南インドのプッタパルティ村の現在のサイババのアシュラムで、12年後に恋焦がれてきたヴィヴェーカナンダの生まれ変わりのナリンセドラに会うことだけを唯一の心のよりどころとして生きている。

 そうなると、自分は今生での解脱をお願いしてしまったので、来世で返済する予定の苦しみや悲しみを今生で済ませなければならなくなる。預言書から大きく逸脱して長引く脳の病は、解脱のための来世分の苦しみなのかもしれないと思った瞬間に、あの時に分不相応なお願い事などしなければよかった。苦痛はやはり分けて味あわせてもらうべきだったなあと始まらない後悔をしている。

【48~51歳】
彼女は良い計画を立て、成功するだろう

【51~52歳】
明るい生活を営む。彼女の両親は健康問題と危険に遭遇する。
彼女の父親は頭に関するトラブル、心臓に関するトラブルを抱えるかもしれない。彼女の母親も恐れに関する問題、肝臓、胃に心配を抱える。多くの問題に遭うだろう。彼女の両親は手術するかもしれない。彼女の両親は危険に遭うが、これらの問題を乗り越え、良い生活を得る。あらゆる家財、生活設備と満足を得るだろう。

【52~53歳】
彼女の夫から愛情と援助を得る。彼女の夫の収入が増える。夫と一緒にグナナ・マルガ(神への道)を行う幸運を得る。より多くの恩恵を得る。彼女の子供達は学位を取得し、誇り高い結果を得る。このように子供達は年を増すごとに、自慢の子供になる。年々より多くの家財、生活設備と満足を得る。

【55~57歳】
中ごろで、彼女の息子が危険や健康上の問題に遭うだろう。多くの問題を抱える。誇り高い学業に障害が生じるかもしれない。精神的な問題、混乱を抱える。神の恩寵により、これらの問題から立ち直る。中ごろで、彼女の夫は危険に遭遇する。旅行中、車関係の危険に遭うだろう。彼女の娘は呼吸に関する問題を抱える。医療費がかかるだろう。神の恩寵によりこれらの問題を乗り越えるだろう。

【60歳】
努力が報われて成功するだろう。夫と一緒に、たくさんの国を訪れる。子供達は学位を取得する。より良い結果を得る。良い地位、良い仕事を得る。

【62~63歳】
家や車を所有するだろう。夫は仕事で昇格する。部署が変わるかもしれない。自分のビジネスを営む。2箇所から収入を得る。お金が貯まる。幸運な方角は北と南。彼女はよい地位につく。

【65歳】
健康な体を得る。より多くのお金を持つ。子供達から愛情を援助を受ける。

【70歳】
家庭内において良い出費があるだろう。ビジネスから良い結果を得られる。より幸福になる。中ごろで、家族はトラブル、困難を抱える。これらの問題を乗り越え、平穏な生活を得る。夫と共に良い人生を歩む。持ち家、財産、金の装飾品などを得る。神の恩恵により、幸運を得る。夫は76~79歳、またはそれ以上生きる。家族は繁栄する。進歩した結果を得る。彼女は75~77歳、またはそれ以上生きるだろう。これによりジェネラルカンダムは終わりとする。

 預言書を読んでいて「トラブル」「困難」「良い結果」という非常に曖昧な表現が目立つのは何故だろう。この預言書は古代タミール語で詩のような形で書いてあるという。それを現代タミール語、英語に訳していくのでこのような端折った表現にならざるを得ないのだろうか。文学的な才能に欠けた人が読むからこういう、ありきたりな、どうにでも解釈できるつまらない文章になってしまうのかもしれない。インド人にとって中耳炎は「困難」「トラブル」の範疇に入るかもしれない。医者にかかる経済的余裕のない人々が圧倒的多数を占めているのだからから、抗生物質の服薬で治るのに、こじらせて難聴に発展したりすることもインドではありだろう。しかし、日本では中耳炎や風邪は日常的な出来事の範疇に確実に入っている。「トラブルを抱える」という表現を日本人が予想するとすれば、相手先の会社が倒産してお金が回収できなくなるとか、子供が結婚詐欺に遭うとか、訴訟に巻き込まれて弁護士を頼まなければならないような、よんどころない立場に立たされている状態を想像するだろう。「ビジネス」という言葉も非常に曖昧な表現である。サラリーマンもビジネスをやっているわけだし、自営業者のやっていることは、それこそビジネスであろう。平の取締役から代表取締役社長に昇進すれば、「自分でビジネスをする」という表現にひっかかるのかもしれない。

 最近の青山氏の著作「神々の科学」によると、聖仙・アガスティアは、あまりにも膨大な数の人々の預言を書かなければならなかったので、霊性の向上に真剣な人の分は自ら記し、それほどでもない人々の分は他の者に書かせたらしいという記述があった。恐らく自分の預言は弟子の一人が書いたのであろう。

 今後、年金は65歳からしか支給されなくなるので定年が今の60歳から65歳に伸びると言う人達がいる。この預言書でも60歳を過ぎてから部署が変わったりするという表現がみられるので、彼らの言うように、きっと定年は65歳に延びるのだろう。いずれにしても先のことなので「困難」「トラブル」の中身や程度はインド人から見た場合の話であろうという気がするので、あまり気にしても対処のしようがない。できることは、できるだけ神にささやかなことでもいいから感謝の祈りを捧げることぐらいではないかと思う。しかし、健康な体を得るのは65歳というのはむごい。これこそ、前倒しでやってもらいたい項目の筆頭なのだが・・・。

 この預言書でいうと、今の自分は「良い計画を立てて成功する」ことになっている。これは私自身に関するの計画ではなくて、子供達の進路に関して方向性を定めてあげて、それが成功する・・・ということになるような気がする。娘はヨーロッパで踊ろうか、アメリカで踊ろうか迷っている。
 息子はあくまでT大学に拘るか、遺伝子研究でノーベル賞の候補に挙がっている教授のいるK大学の農学部に行こうか、地元の大学の医学部に行こうか迷っている。勿論、受かればの話であるが。
 自分の考えでは、娘は、やはりコロラドに行くにしろニューヨークに行くにしろ、放射能汚染の問題や治安の悪さ、契約形態の安定性などから考えても、明らかにヨーロッパで仕事が見つかればヨーロッパの方が心配なく踊れるような気がしている。コロラドは隣のユタ州で何度も地下核爆発実験を重ねているので、7本足の牛が生まれたりしているし、銃社会アメリカの大都市で不安定な契約のまま治安の悪さを我慢するよりは、国がバレエを芸術として守っているヨーロッパ諸国に行ったほうが遥かに安定しているし、環境・公害問題に関してもヨーロッパは先進国だと言えるので、年明け早々から始まるオーディションラッシュの時期にはヨーロッパにいて欲しいと願っている。強力な助っ人がどちらにもいてくれることは、神の恩寵に他ならないと実感している。
 息子にはK大学の自由な雰囲気が必要だと思う。目を離すと高校を何度もサボる息子。今日、前期の通知表が親元に郵送されてきたが遅刻回数が7回になっているが、これは明らかに学校を卒業できるようにとの学校の温情である。息子の遅刻は半ば日常的になっており、社長出勤と揶揄されているほどである。ロックバンドもやったりして、今年の文化祭にもトリでギターを弾く。定価70万円の夫のレスポールを借りて・・・。この子はあらゆる面で非凡な才能を持っているが、こういうタイプは得てして器用貧乏に終わるケースが多い。人並みの努力をせずになんでもすぐにできてしまうがゆえに、地道な努力というのができないのである。努力に勝る天才なしということを実感してもらわなければ彼の将来は流されるままに終わるかもしれない。それだけは何としてでも回避させてやらなければならない。ムラ気のありすぎる息子には根気という力を持たせなければならないと痛感している。

 
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失いながら生きる(18)

 アガスティアの表現には語尾によって確実に起こる場合と何も無くて済む場合がある。これは青山氏が自身の著作でも書いていたことであるが「~する」「~するだろう」「~するかもしれない」と大まかに分けて3種類くらいある。自分の第1室のジェネラルカンダムにはこんな記述があった。どれも抽象的でとらえどころのないものばかりではあるが・・・。

1.「しかし、彼女は前世での星回りの影響を受けているため、多くの問題、困難、トラブル、危険、家庭内のトラブル、復讐、陰謀関係の問題に遭遇するだろう
2. 「盗難にあいお金を失うこと、落胆、多くのトラブル、家庭内での失墜などに遭う
3. 「悪魔の目、他人の恨みの影響、復讐などに出会う。」
4.「彼女の夫は危険に遭遇する
5.「彼女の子供達は学問に障害が生じる
6.「悲しみや危険、トラブルに巻き込まれるかもしれない

 この中で1に関しては、数え年の41歳から今に至るまで入退院の繰り返し、リタリンという合法覚せい剤の乱用をしていたので、医師から減薬の必要性をきつく指導され、それでもなかなか薬の量を減らすことができなくて、それに絶望してODを繰り返していたので、「困難や危険(OD)に遭遇していた」のは間違いない。
 また、2にあるように家庭内での失墜は確実に起きている。自分が覚せい剤中毒者のようになって、刃物を振りかざし、子供達に「これでお母さんを殺してくれ」と言ってみたりして暴れていたので、子供からの信頼は著しく低下した。
 3に及んでは、ある男性患者が勝手な妄想から、私をストーカーに仕立てて、触れ回っていたことが明らかになった事実がある。

 夫はこの時期より少しずれているが新車で見通しのいい田園地帯を通行中、一旦停止を怠ったため、小型乗用車に横から追突された。普通に考えれば排気量が500cc以上も小さい車が相手だから、そっちが空を舞うのが順当だと思うが、夫は30キロ/時、相手(70代の老女)は60キロ/時を超えていたため、夫の車の方が空中で360度水平方向スピンし、その際に後部を電信柱にぶつけて、上下方向に360度回転して道路側面の柔らかい土が広がる畑に着地している。 電話が鳴り、「こちらは城南署ですが、ご主人が人身事故に遭われましたので身元確認のために電話しています」・・・これを聞いたときには足が震えた。一寸先は闇の人生。油断大敵の毎日のハズなのに人は今が永遠に続くという妄想の中で生きている。
 生きていて病院に運ばれたのか、それとも・・・「ご主人は今、実況見分に立ち会われています」と相手が事務的にそれを告げた時には「ごらぁ、それを、はよう言わんかい!」と心でツッコミを入れながら3度も4度も胸をなでおろしていた。
 結局小さい車に乗っていた70代と80代の老婆は救急車で病院に運ばれたが、夫は奇跡的に無傷で済んでいた。どちらも走っていたので10:0の過失にはならなかった。一旦停止しなかったのは夫の過失だから、どう解釈しても過失の割合は夫の方が多いのだが、1300ccの車が1800ccの車を宙に浮かせ360度もスピンさせ、挙句、上下方向にも360度も回転させてくれたので、畑には割れたガラスが飛散して衝突の激しさを無言のうちに教えてくれていた。車は元の進行方向を向いて何事もなかったかのように畑に無事ランディングしている。相手が如何にスピードを出していたかが覗える。
 自分達夫婦は相手の車に乗っていた老女宅と畑の持ち主を聞き出してお詫び行脚をしなければならなかった。幸い相手はシートベルトをしていてくれたので、運転していた老女がやや強く胸を傷めた程度で、もう一人の80代の老女も後部座席に座っていたため、無傷だった。畑の所有者も町会議員でガラスの破片を拾い尽くせなかったことをお詫びに行ったが、遊んでる土地だったこともあって、反って相手側が恐縮されていた。
 不思議だったのは、その畑の持ち主を聞き出すために隣の畑で作業をしていた夫婦に話しかけたら、「あんたが、あの大きな車に乗ってたのかね?私たちはてっきり死んだと思ってたよ」と言われたことだった。確かに電柱に後部をぶつけているので後部座席はトランクもろとも大破しており、助手席もかなりの損傷を受けていたが、夫の座っていた部分はエアバッグも開いておらず、運転者にだけは衝撃が少なかったことを証明していた。一歩間違えば、夫は即死で車は炎上していたかもしれないことを考えると、何か神がかった力が働いたのではないかという気持ちがした。日本の車が売れる理由も分かったような気がした。
 
 5については、当時自分は入院ばかりしていたので、息子は夫が先に家を出るため、2度寝しては遅刻・欠席が続いていた。夫は半期に一度送られてくる通知表をみて愕然としていた。遅刻が70日以上もあったからだ。しかし、多忙を極める夫に弁当を作る余裕などはなく、お金を貰いそびれた息子は、昼休みに皆が弁当を美味そうに食べているのを尻目に宿題をする姿が多く目撃されていたようだった。これでは叱る気にもなれなかったようで、大目に見てきていたが、そのクセは今尚残っており、学校には定時までに行かなくてはいけないという倫理感が息子にはない。2年生の担任も「俺も学校なんて馬鹿馬鹿しくて行く気にならなかった」と息子に迎合するようなことを話していたことが漏れて、件の担任は校長先生から厳しく叱責されたと聞いた。
 6については何度も語っているように、自分は「反復性うつ病障害」という状態あるため、ここ数年は人並みに楽しいという感情を味わった覚えもない代わりに、特別な悲しみにくれた覚えもない。苦悩は苦悩として、常に時分の心を支配しているが、それに慣れた分、非常に曖昧な気分で毎日を過ごしている。他人から見たら悲しみやトラブルに映るようなことは身の回りで起きてはいたが、自分はかなり低めで退屈を絵に描いたような日々を過ごしていたつもりなので、この表現に関しては、自分にとって何も意味をなさない。だから「~かもしれない」と表現してあるのかもしれないが、自分では1~5で十分だという気がする。

 次が自分にとって最も頭を悩ませた部分である。アガスティアはシヴァ神が自分の人生での困難を最大限に小さくするために「シャンティ・カンダム」という処方箋を口述したと書いてある。青山氏はそこに書かれていた通りのお寺に赴き、処方されたとおりの儀式を済ませたと書いていた。実際、自分のために示されていた儀式は15種類以上にも及び、その一つ一つのお寺をまわって示されたとおりのことをすることはP社に言わせると、とてもお勧めでいない・・・というものだった。現地の人でも恐れて近寄らない場所が多く残っているインド。さそりもいれば、トラも出る。そこで、P社はインド人を雇って自分の代わりに代行してもらう方が遥かにいいと言って来た。素晴らしい信仰心に自分は言葉を失った。そのシヴァ神が処方してくれた儀式を行う寺や内容は自分が45歳の時に読みに来るとまでわかって彼は書いたはずで、それを行えば幸福は手に入ると語っているのに、そんな所に行くのは危険だと言っているのである。代行検索をやっているP社自身が本当にシヴァ神の預言としてその葉に書かれた内容を信じているならば、それを実行に移すことを何故止めるのだろうか?正確に言うと止めているわけではない。行くのは自由だが、危険だからお寺参りさえも、代行を頼んでやってもらえばやらないよりはマシだろうと言っているのだ。その程度の信仰心で預言書に向き合っている社長さんは今生で多くの人々を救済する優れた覚者だと預言書に書いてあったらしい。

 ここでサイババと青山氏のやり取りを思い出した。青山氏が「私は幸い預言書なるものに遭遇し、処方された儀式を無事に終えることができたけれども、そんなチャンスもない沢山の人達の運命は・・・」と話すと、サイババをそれを遮って、「お前が捧げた祈りや供物は誰が受け取ったのかね?それは最終的には神である私が受け取ったのだ。だから誰に何を捧げたとかは関係ない。要は気持ちの問題だ」・・・要約すると、こういうやり取りだったと記憶している。ならば、自分も代行してくれるインド人に感謝し、必要なお金を払う事によってシャンティカンダムに示された内容を依頼するならば、実際に自らの足で行ったのと同じ効果が期待できるということになる。しかし、この葉を読んでもらった時の我が家の経済状態は逼迫していた。おまけに、代行にかかる費用として示された金額は114,000円だった。当時の圧倒的多数のインド人が普段持っているお金と、今回示された金額は桁がいくつ違うのだろうか・・・と考えると、どうしても素直に従う気にはなれず、いずれ元気になったら友達とゆっくり観光がてらに周ろうと決めてしまったのであった。
 しかし、この預言書を読むと、自分がこの儀式を確実に行うことと、マントラをある決まった日数となえてもらった紙を加工したお守りを身に着けることによって以下の人生が約束されているのだと書いてある。言い換えるなら、もし私が預言書を読んですぐに実行しなければ、それから先の預言書の中身は保障されないということでもある。その証拠に、この預言書を読むと48歳を迎える前までには自営でビジネスを行ったりシャクシー・デリのパワーを得て、しゃべったことが悉く実現するようになり、その他色々な分野に手を出していて、今頃の私は明るい生活を送っていなければならないことになるが、直近のODはわずか3ヶ月前である。どこが明るいというのだろうか・・・。

 息子は学校をよくサボるし、娘の就職先のバレエ団だってまだ決まっていない。まさに、「子供達は学習に障害がでる」という状態のままである。

 子供のことを早く片付けたい一心から、思い切ってシャンティカンダムの代行を依頼した。お金を振り込んで家に帰ってみると、首を長くして待っていたドイツのバレエ学校を継いでいるドイツ国立ライプチヒレエ団の元バレエマスターから12月の公演に出てくれないか?という、ありがたいオファーがメールで届いていた。流石はインド。アクションを起こした瞬間から不思議な出来事のがぶりよりである。まだ残りが在る。娘はデンバーにあるコロラドバレエ団のプリンシパルを努めているOGから、自分は今シーズンで引退して教師になる勉強を始めるから退団してしまう予定だから、私がいる間にコロラドに来ないか?という誘いが来ていた。過去のカルマの清算をしてくれるシャンティカンダムの処方箋の代行を申し込んで数日後のことだった。11月に来ればコロラドバレエ団の「くるみ割り人形」にあなたなら絶対出してもらえるよとも書いてあった。

 以前、自分は息子を連れてインドに行ったが、夫はインドの宗教や聖者などについて体験がないために、非常に懐疑的であった。その証拠に夫は「俺にもな~3188(サイババの意)のナンバープレートをつけた車を2台続けてみせてくれたら、インドの不思議とやらを信じてやってもいいんだけどなあ」と一人でつぶやいていた。自分は「見たら信じる」ではなくて「信じれば見せてもらえる世界」なのだという意味のことを話した。そして、インド行きが迫ってきたある日、自分は夫に用事があったので、路肩に車を寄せて停車して夫と携帯で話をしていた。その時、往来の少ないその細い田舎道の反対側から車が走ってきた。プレートを見ると「3188」だった。自分は得意になって、電話しながら「今、一台見たよサン・イチ・ハチ・ハチ」と言うと夫は大して驚かなかったが、次の瞬間、停車していた自分の車を大きな車が追い越して自分の前に突然現れた。その車もプレートに「3188」が刻まれていた。自分はあまりの偶然に思わず「キャー」という雄たけびを発しながら、「お父さん、お父さん、今、私、2台続けて見たよサン・イチ・ハチ・ハチを・・・」と伝えると、話の内容から大きくそれて、「何で俺じゃなくてあんたなんだよぅ。何で俺には見せてくれないんだよう」と、夫にしては珍しく興奮して心の底からの悔しさを素直に表現した。

 「だから、疑ってると、そういうレベルのものしか見せてもらえないんだよ。信じていれば見せてくれるんだよ」と、宗教のイロハを得意になって演説してあげたこともあった。「人は結局は思ったとおりの人生を歩む」―――――これが究極の真理なのかもしれない。
 

失いながら生きる(17)

 占星術上の最悪の時期を通過しながら、自分は少しずつ良くなっているのかもしれない・・・という希望だけは捨ててはいけないと常々思い出すように努力はしているつもりである。しかしその努力は殆ど失敗に終わっているのだが・・・。この46歳から48歳の時期には、家族全員があらゆる意味で環境を変えざるを得ないような時期に当たっていたために、本当に大変な時期で、自分も殆ど入院しているような状態だった。家にいたら指図なしでは何もしない人間ばかりであったのが主な理由であった。それは、元気だった頃の自分が家族の全てを把握しており、順調に回るように常に神経を尖らせていたことと無関係ではない。
 夫のトントン拍子の昇進など家族全体や、収入面では確かに進歩したかもしれない。しかし、自分は毎日どうやって死のうか・・・強盗でも何でもいいから、玄関から入ってきて一瞬のうちに胸を刃物で一突き突きにしてでもいいから、とにかく誰か自分を殺してほしいと真剣に願っていた。自殺などをすると周囲は自責の念に駆られたりして悲しみがいつまでも残るため、再生時にまた重いカルマを背負ってこの世に戻ってこなければならないとインドでは言われているからである。

 自分が入院していたら、顔なじみで仲良しの琴美さんが入院してきた。今回は別の緊急救命医療関係からの転院だった。琴美さんは御主人の両親と折り合いが悪く、本気の自殺行動に移るときは、この関係の不味さがいつも引き金になっているようだった。

 琴美さんも長くうつ病を患っている。家にいることがストレスを産むので外に働きに出ており、あまり年の違わない3人の子供さんを有名大学に進学させようと一生懸命頑張っていた。しかし、家の中でうつ病という現代病に理解の在る大人が一人もいないのでいつもぎりぎりの精神状態を強いられているようだった。細い糸はしばしば切れそうになるときがあるようで、調子が傾いてくると深夜に病院に来てはホリゾンを注射されて帰っていった。ある時はホリゾンの錠剤を大量に服薬しているとの事で深夜に病院に来ていたが、アルバイトの若い当直医は、あろう事かホリゾンの筋注をして帰したこともあった。「具合の悪い患者にはホリゾン筋射」と、院長から指示を受けていたのだろう。その時も、ちょっと前にホリゾンを打ちに来ていた。それから何日もしないうちに今回の騒動は起きた。
 琴美さんは度重なるODで、薬では絶対に死ねないことがわかってしまったので、練炭なら大丈夫だろうと思い、子供達に短い手紙を残して、予め用意していた練炭のセットを軽のワゴン車に積んで家を出たらしい。火をつけた経験がなかったのでホームセンターで練炭を購入した際、対応に出た販売員に尋ねたら「真ん中部分にライターで火をつければ薬剤が染み込ませてありますからすぐに火はつくと思いますよ」―――――――とのことだったので、彼女はこの言葉を信じて早く楽になりたい…の一心で目張り用のビニール製のガムテープも積み、一晩車が放置してあっても怪しまれないで済む河原に行き、持ってるだけのありとあらゆる薬をあおって、練炭にライターで火をつけようとしたらしい。けれど何度やってもライターでは火がつかない。おかしいなあ…すぐにつくはずなのに…こんな段階でぐずぐずしていたら、練炭に火がつく前に眠ってしまうと思った琴美さんは、マッチを手に入れる方法を色々考えてみた。しかし、時間は深夜。今更家に取りに帰るのも歯がゆいし、面倒だった。そして暫くして、琴美さんは思いついた。今の時期はお盆だから、コンビニニに行けば蝋燭や線香が入った「墓参りセット」というのが並んでいたことを。その中にマッチが入っていっていたような気がしたらしく、車を飛ばしてコンビニに向った。予想は的中し「お墓参りセット」には蝋燭・線香・マッチがセットになって入っていた。

・・・これで死ねると思って安心して、琴美さんはもといた場所に戻るために車に乗り込んだ。
 
ところが、気づいたら、琴美さんは救急救命センターのベッドの上に紙おむつ一枚というあられもない姿で放置されている時に目が覚めたらしい。文字通り「ここはどこ?私は誰?」の世界だったようだ。意識が戻ってから、車にいた自分が何故ここにいるのかを看護師に質したところ、琴美さんは車の運転操作を誤って電柱に激突し車は大破した。駆けつけた救急隊員が確認したところ、脈は正常だったけれども意識がレベルが非常に低かったので、頭を強打していたら手遅れになるので救急車で病院に運ばれてきたのだと。幸い体の傷は浅く、持ち物から自宅の電話番号を探り当てて電話をしたら、ご主人がびっくりして病院に来たが、琴美さんのバッグから大量の向精神薬の残骸が見つかったため、意識の混濁は睡眠剤によるものであろうということで、薬を点滴で散らしたら安定したのでR病院に移送されてきたのだった。
 琴美さんは「墓参りセット」を購入した直後、急いで車を発進させたところまでは覚えているけれど、その後の記憶が全くなくなっていると落ち着いた様子で話してくれた。結局、睡眠剤やら精神安定剤を飲んでからライターやらマッチやらで、まごまごしている間に、睡眠剤の血中濃度がいい塩梅になったみたいで、「墓参りセット」を手に入れた頃には車を運転できるような状態ではなかったらしい。分かりやすく言えば泥酔状態で車を発進させたようなものだった。死のうという覚悟はもうできてる―――――と言うよりも早く死んで楽になりたかったわけであるから、悲壮なくらい本人は喜んだことだろう。いそいそとコンビニに行った目的が昔はどこの家にも当たり前にあったマッチだったという事実、死のうとしている人が「お墓参りセット」で死のうとしているという点が非日常的過ぎて、特に「死ぬためにコンビにで売ってる『お墓参りセット』を買う」という行為がとてつもなく間抜けで、製造した会社はそのセットを自殺目的で買いに来る客がいるなど予想だにしていなかっただろうと想像すると、おかしくてたまらず、自虐的な琴美さんの行動に大笑いした。
 健常者なら自殺未遂した人なんて狂っていると映るだろうし、そんな経緯を笑ったら失礼かも知れないとか、何で死のうとしたのかという理由についてのほうに自然に興味は流れていくはずであるが、自殺しようとしたことが無いうつ病の入院患者に自分はまだお目にかかったことがなかったし、実際自分も琴美さんのようにICUにお泊りした経験もあるんで、気持ちは聞かなくても分かるのである。だから聞くほうも、話すほうも気楽でいられるのである。
 死のうとして失敗した後は何度も自殺を繰り返すというのは事実だけれど、一旦事を起こしてしまうと、多少興奮状態になるので「もしかしたら自分はこのまま生きていけるかも…」と勘違いする場合が多い。まさに自殺を図ろうとしていた時と、失敗した後とでは精神状態は全く違うのが普通である。
 患者同士はそこらの微妙な感情の変化を何度も体験しているので、琴美さんの今回の失敗談は体に怪我がなかったことも手伝って、「墓参りセット」というギャグめいた小道具が話に一枚かんでいるせいか、お腹の底から笑わせてもらった。本人も「また馬鹿やっちゃった・・・」と言いながらも、「墓参りセット」に救われ、まだ命に縁があったことに対して少し安心しているように見えた。

一段落すると、患者同士での説教じみたやり取りが始まった。

「練炭にちゃんと火がついてからじゃないと睡眠剤は飲んじゃだめだよ~。そんな泥酔状態で人をはねたりしたら、それこそ人生終わりだよ~気をつけなきゃ~。自爆だったからラッキーだよぅ」

「先に薬を飲んだのが失敗の原因ね!」

「墓参りセットってマッチ入ってるんだ~知らなかった~。あんまり最近はマッチなんて売ってないよね~」

「大量の睡眠剤が体にまわったら、意識なんてすぐなくなるんだから運転は無理だよ。あっぶねぇ~。自分は死んでもいけど、他人を殺すのはまずいよね~」

 患者が集まってきて、笑いの渦が広がり、取り敢えず今回は未遂に終わって無事仲間が帰還できたことを皆で喜ぶ。変なきれいごとは気分が悪くなるだけだから誰も言わない。皆、朝起きたら死んでました・・・なんていう状況を渇望している患者なのだから、失敗して残念だったね・・・という気持ちのほうも同じくらいもっている。

「何で死のうとしたの?」なんて野暮な質問をするのはうつ病以外の患者さんである。うつ病で死にたくなったら死ぬことしか考えられないことぐらい、うつ病で入院してる患者なら誰でもを皆知っている。そしてその話を次回の自身への警告として、琴美さんの体験をシェアーするのである。このような場面に遭遇すると、皆、非常にポジティブで、非常に前向きな姿勢になるから不思議だ。

 4階から飛び降りて死のうとした患者さんがいたが、彼の病気は躁うつ病だった上に、結婚が破談になったことが引き金になっていた。一応うつ病は治る病気になっているけれど、躁うつ病の場合は完治は、ほぼありえないと主治医から宣告されていたらしく、彼は4階から勢よくダイビングしていたとみえて、落下地点が建物から遠く離れていた。顔面から落ちているので彼の人相は陥没骨折で破壊され、すっかり痩せてしまって、車椅子で不自由な生活を強いられている。琴美さんとて、人でも跳ねていて、自身も意識不明になるような重症だったら自分達は笑ったりしないし笑えない。一人ひとりの患者の話は「明日はわが身」だからである。

「死ぬつもりだったら、少なくとも7階より上からじゃないと生き残る可能性が高いらしいよ。中途半端な行動が一番馬鹿らしいよね。私だったら、飛び降りるならデパートの屋上辺りがいいと思う。確実に死ねないとハンデを伴った残りの人生が余計辛くなるからね・・・・」本気とも冗談ともつかぬ話を誰かが言った。

 数日前から電話をもらっていたけれども、具合が悪くて電話に出なかったら、病院の外来で偶然電話をかけてくれていた愛さんと再会した。お互いに顔を見合わせたが、どっちもどっち。TOO BAD。
 彼女はデパートの屋上から飛び降りようとしたけれど、下を歩いてる人を巻き添えにしたくなかったので、橋の上から飛び降りたと話してくれた。その川が予想以上に水深が浅かったので、骨盤を痛めてしまって困っている・・・とのことだった。

 そんな話を聞くと余程辛かったんだろうなあと思うと同時に、「死ねなくて残念だったね」って言いたくなるのを必死に隠さなければならない。彼女はうつ病ではなく統合失調症の重症患者で、本人は結婚したいという願望を強く持っていたが、夢はなかなか果たされないでいた。勿論例外もあるが、うつ病患者は死のうと決めたら、自分のことしか考えられなくなるけれど、統合失調症の患者さんはとても心が清らかなので、飛び降りる時でさえ人のことを考えるのである。統合失調症の患者さんは心の綺麗な人が本当に多いとつくづく思った一瞬だった。 

修理・修正中

金城たけし001 新しいおとぼけ最近の金城武はどうなってるんだろう・・・

最近、書きたいことが次々に現れてくるんで、休みなく更新していましたが、日本語がとても変な文章が増えてきたんで、「失いながら生きる」という殴り書きを初回分~(8)あたりまで読み直して、患者仲間のことも、少しずつはさんできました。

明日からは(6)以降をチェック&加筆するつもりです。

落ち着いたらアガスティアの葉の予言やら聖者についてまた書きます。

訪問者の数が多いので、びっくりしています。私が薬を飲んでるから、表現に困るのでコメントを控えておられるかも知れませんが、どうぞ普通のおばさんですから(つもり)、忌憚の無いコメントをお寄せくださいませ。

コーヒータイム

ここのところ、お嬢の就職のことでアメリカがいいかヨーロッパがいいか・・・考えてて・・・。

お嬢はヨーロッパのバレエ学校に留学してたんでやっぱりヨーロッパに未練があるみたいだけど、コネクションがきくカンパニーは日本とアメリカにしかない。ライバルがどんどん契約を取ってきてるんで親子であせりまくり。

お嬢は先頭の東洋人。簡単そうに見えるけど、バレエはかなり体力が要る。

お嬢のスクールパフォーマンス 

ヨーロッパの国立のバレエ団を受けようとしたけど、なんとかショックかなんだかわかんないけど、とにかく不況で、日本人は要らない・・・と無碍に断られてばかり。最近持ち直したみたいなんで11月の下旬からドイツに行って腰をすえてオーディションを受けさせてくれるカンパニーを探す予定みたい。もうお嬢も20歳になるから、一人でできるところまで頑張るしかなさそう。

因みにスイスのチューリッヒバレエ団は初任給35万円。でもあそこの芸術監督はお嬢の学校の理事長と仲が悪いんで絶対に呼ばないらしい。
人間が小さいなあ( ̄人 ̄)

日本の有名バレエ団・・・団費払って、チケット買取りして、年に数回の公演に出た時にギャラが出るだけ。

日本にも一応新国立劇場付属バレエ団があるけど、あそこは牧阿佐美バレエ団の別働隊らしい。

アメリカのコロラドバレエ団は初任給12万円。場所も悪い!隣のユタ州では地下核実験を繰り返してたから、なんか不健康そう。う~ん、やっぱりヨーロッパの方が由緒正しい荘厳な歌劇場がいっぱいあるし・・・

どっか拾ってくれないかなあ~30685_1493480145364_1484853498_31246899_3236462_n.jpg真ん中、お嬢。ロシアの国立バレエ学校に客演した時のスナップ。ロシアのホテルは刑務所みたいだったと言っていたが????


でも、白人ばかりで、英語でしかコミュニケーションできないところで3年間よく頑張ったと思う。11月の日本の稽古場の公演が日本での最後の舞台となりますように・・・

    19066_1284624570160_1666519935_669567_407327_n.jpg即興舞台。う~む、アーティストって感じでなかなか

   嫁入り前の娘が、コラコラ       29177_388508546910_640321910_4568561_1708403_n.jpg
                      
           31123_401926731986_522476986_4675299_4832421_n.jpg
西洋人は得だなあ。お嬢がんばれ!


母は私小説風殴り書きを整理して、日本語のおかしいところを徹底的に直して、インドにかぶれるだけかぶれて、芥川賞に挑戦するぞー(なわけないっしょ

安定剤の方が先だな(^皿^)v








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