これが私の書きたいこと! 2010年08月

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失いながら生きる(3)

 自分は入院できる病院を少なくとも2箇所は確保しておかなければならない。今のご時勢、入院したいと申し出る「任意入院」の場合、ベッドさえ空いていれば断られることはないのだが、殆どの精神科の病棟は「混合病棟」――――どんな種類の病気の患者も同じ一つの病棟で管理している――――そのため、そういう管理形態をとっている病院には、うつ病の入院患者が極端に少なく、アルツハイマーや統合失調症、非定型精神病・・・の患者が大勢を占めていることが多い。

 自分は大学時代に神経衰弱にかかり、町じゅうのドクターをショッピングしてみた。自分でもうつ病ではないかと疑っていたので、うつ病のような症状を診察中に話していたと見えて、彼らは殆ど悩むこともなく、瞬時に「うつ病」と診断して、軽い精神安定剤と抗うつ剤を処方して「3日も飲めば元気もでますよ」―――――みたいなことを、まるで医者同士が口裏を合わせているかのように猫をなでるような声で語りかけてきていた。
 3日どころか、その後も「不安」「焦燥感」といった症状は悪くなる一方だったので、これは入院すればなんとかなるのではないかと思い、一番信頼できそうな医者に思い切って切り出してみた。
 しかし、件の医者は

 「君が精神病院というところが、どんなところかを知らないからそんなことを言うんですよ。悪いことは言わないから、入院したいなどという考えは捨てなさい。薬を飲んで様子を・・・・」

 「先生、通院で治らなければ、入院したいと思うのが普通じゃないんですか?このまま漫然と薬を飲んでいても、一向に状態は上向きにならないし、夜間には不安発作が起きて、毎日が怖いんです。どうか入院させてください」

――――こんな押し問答をどのくらい続けただろうか。自分は、もう入院しかないと決めているのだから、医者を説き伏せることに一生懸命で、医者の説得など聞いてはいなかった。
 結局、入院の許可をもらって病棟に足を踏み入れたのだが、自分は一瞬で、そこに来たことを後悔した。「看護婦に退院させてくれ」と申し出たが、ドクターの回診は週に一度しかないから、それまでは出すことはできないと告げられて、自分は無実の罪を不当に着せられて、これから何日間、拘置されるかわからない世界一不幸な人間になっていく有様がありありと見えるような気がした。
 一日中、壁に向かって大声で叫ぶ痴呆老人、壁を背もたれにして座っている男は、一点をじっと見つめたまま、たった3回吸っただけでセブンスター1本を根元まで灰にした。新参者の自分に沢山の女性患者が群がってきた。質問攻めである。後悔にまみれて、部屋で荷物の整理を始めたら、2人部屋の相手の老女が、自身の身の上話をいきなり小さな声で始めた。

「カワラデ アネノアタマヲ イシデ コツントタタイタラ ココニ ツレテコラレマシタ・・・」

 夜間、消灯前には患者は一列に並ばされて、夜勤の男性看護師の前で大きく口を開けなければならなかかった。薬を飲み忘れて症状が危険な状態になる、というか、精神病患者にとっては、薬を定期的に飲まないでいることは非常に危険なことなので、そうやって並ばせて、口を開けさせて錠剤を流し込み、飲み込んだのを確認するのが夜勤看護師の大事な仕事のようだった。
 私はそういう処遇がひどく屈辱的に感じられ、到底受け容れ難いものだったので、

 「自分で飲めるから」

 と言って、看護師の手から薬をむしり取ろうとしたが、聞き入れてはもらえなかった。自分は意地の悪い、疑い深い目をした看護師に言われるままに口を大きく開け、薬を流し込まれるのを我慢しながら、自分はとんでもない所に来てしまった、ここにいては神経は衰弱するするばかりだ、早く家に帰らなければ・・・そんなことを考えながら布団にもぐりこんだ。
 
 消灯時間までにはまだ早かったので、1階の食堂から看護師の談笑する声や患者のわめき声がうるさくて眠られずに我慢していたら、突然オペラ歌手の声が聞こえてきた。てっきりレコードが始まったのだと思っていたら、その声はレコードではなく、一日中ニコニコ笑っている恰幅のいい中年の女性の生の声だということがわかった。その声量といい、発音といい、情感といい、あらゆる点において一級品であることには間違いないという確信があった。この人は絶対にただの素人の愛好家ではない。高校の友人で声楽をやっていたのも多かったし、自分自身も地元のNHKの児童合唱団で長いこと歌っていたからである。
 
 翌朝、気さくに話しかけてくれる躁うつ病の高校の先輩患者に、早速昨夜のオペラの話をしたら、彼女は笑いながら「時々歌うのよ、彼女は。すごいでしょ。本物よ。天皇陛下の前で歌ったこともあるんだってさ」とだけ教えてくれた。
 件のオペラ歌手に少なからず興味がわいたので朝食のとき、話しかけてみようかと思い観察していたが、彼女はご飯の上に焼いたウインナーを数本載せると、味噌汁をその上から一気に流し込み、何分もしないうちにそれを胃袋に収めたのだった。そして、隣に座っていた自分の高校の先輩と、神と仏についてというテーマで、あまり馴染みのない哲学者の言葉を引用しながら、それこそ口角泡を飛ばしながら、お互いに一歩も引かないという勢いで論争に入ってしまい、言葉をかけるチャンスを失ってしまった。
 
 自分は「カミヒトエ」という残酷な現実のお手本のような人物に思いがけず遭遇したことに、少しの幸運と世間の不条理とを頭の中でいっぺんに処理できず、以後、彼女に話しかけようとは思わなくなっていった。そしてその夜から、あつこちゃんという女の子が毎晩自分の部屋に遊びに来るようになった。
 当時、私は大学の3回生だったから、10歳くらい幼い小学生だった。あっちゃんは自分の枕もとに座ると自らの身の上話を長々と途切れなく話す少女だった。

あっちゃんは母親が失踪してから、父親の愛人が家に居座るようになり、それが嫌で抜け出したかったから何度も自殺を試みているようだった。当時の自分は神経症の範疇にかろうじて収まっていたので、死ぬということをとても恐れていた。だからこそありとあらゆる病院をめぐっては検査検査の毎日を自分は送ってきていた。死ぬことが一番恐ろしいことだった自分。その自分よりも10歳も若いあっちゃんの身の上話の数々は、自分には夢のような、御伽噺のようにしか聞こえてこなかった。

 当時は睡眠薬で死ねた時代である。「睡眠薬を一瓶飲み干したことがある」と聞いても、そんな恐ろしいことを人間ができるわけが無いと思っていたから、彼女の口から紡ぎだされる言葉からは、なんら現実感が伝わってこなかった。かといってウソをついているのではないという確信もあった。死に至る病に陥ってしまったのではないかと右往左往していた学生時代の自分はうつ病ではなく、不安神経症だったのだということが、今ならわかる。
 自分も数限りない病院で胃を洗ってもらってはICUにお泊りするような立派な不良になったのだから。今ならあっちゃんに人生の先輩として気の利いたアドバイスの一つでも話してあげることができたかもしれない。同じ病気に自分がなってしまったのだから・・・。

 「退院させてください」

と病棟の婦長に何度もお願いしたが、病棟での婦長の権力は時として医者よりも大きいことがあるのだということがわかった。院長とて、病棟の事情を隅から隅まで知っている婦長のご機嫌を損ねたら、治療が上手く連携して行えなくなってしまうからである。その病棟の婦長は年季の入った婆さんで、国立病院か市民病院あたりから引き抜いてきたと見えて、他のナースとは歳の違いだけからくるものとは様子の違う一種のプライドとも言えぬふてぶてしさがあった。
 患者に対しては犬・猫扱いで何度も退院をお願いしたけれども、

 「治ってからじゃないと退院は無理です」

と言われ続けていた。ある日自分は決心して婦長のお目通りをお願いして時間を作ってもらい、もう何の症状もないし、不安も焦燥感もないので、もう治りましたから早く退院させてくださいと、相手の目をまっすぐに上から目線で見据えて、視線を逸らさない様に用心して、一気にまくしたてた。
 その間も件の婦長は笑顔一つ見せず、完全に疑っているよという光線を発射させながら、身じろぎもせず自分の瞳の中の奥を覗き込んでいた。結局この時に大事な友人が側にいてくれて、私のことを援護射撃していてくれたから、あのような狭い密室でパニック発作を起こさずに演技ができたのだと思う。2人きりだったら脳神経が活動するぎりぎりまで婦長の演説を聞かされて、パニックの果てに自分は倒れていたと思う。この友人には今でも深い繋がりを感じる。きっと、どこか知らない国で昔、一緒に遊んだ幼馴染かなにかではないかと思う。

 患者には一切の非はない。しかし、自分は神経質だからそういう環境のもとでは、まずご飯が食べられない。食欲がないと言うよりも、吐き気がするのである。
 精神科の患者は体を清潔に保とうという配慮が完全に欠落していて、陥没骨折の域に達している輩が多い。彼ら彼女らの着ているものや、髪の毛から発する人間独特の「垢」の臭いが食べ物の香と融合してこの世のものとは思えないほどの「悪臭」というシンフォニーを奏でる。
 痴呆老人を見るたびに、「この人は何のために生きていなければならないのだろうか・・・」と我が身に置き換えて自問自答してしまう自分には到底説明がつかず、結局胃の入り口が閉じてしまうのである。入院中は一日に1キロの割合で体重は落ちていった。そして、そういう病棟のトイレは推して知るべしである。扉が壊れていたり鍵がかからないなどは当たり前で、直してもすぐに壊す輩がいるのだから病院側も怠慢にならざるを得ないのだろうと勝手に合点していた。もちろん、そんなところでリラックスして用が足せるわけがない。いつも扉を手でひっぱってしゃがみこみ、こちらの希望通りにはなかなか出てきてくれない排泄物が便器をいっぱいにするまで、汗を流し、しびれる足にイライラしながら待たなければいけなかった。
 その間にも他の患者が入ってきて、大声で歌を唄いながらトイレの扉を思い切り蹴る。

「マズーシサニ マケター イヤ カッタアー イイエ セケンニ マケター イヤ カッタアー・・・」

 自分はまだ21歳だった。

 内科や外科の病であれば、知り合いや親戚の口コミを上手に利用して、最終的に自身の性格や医者の人格や知識の深さ、経験、病棟の清潔さなどを天秤にかけ、主治医になってもらいたいと望む医者のいる病院にかかりつけ医になってもらえばいい。後は余所見をする必要もなく治療に専念すればいい。
 しかし、自分の場合、入院する時は自らお願いして入れてもらうのであるが、出るときは殆どと言っていいほど、病院から追い出される形となるのである。「任意入院」から「強制退院」が、このところ自分のパターンとして定着してしまっている。
 これはひとえに、自分が他人の切々と語る身の上話から始まる相談事を盲信し、首を突っ込みすぎてしまい、空回りした挙句にしでかす騒動のなせる業なのだが・・・。
 強制的に退院させられた後にも受け入れてくれる病院、しかも安心して入院できる「うつ病専用病棟」もしくは、それに準じた病棟を持つ病院との縁を切ってはいけないのである。
                  
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金城武が好き 萌(♡´∀`♡)え

                ライフ

     金城武・・・大好き

CMでデビューしたのに、28歳の時には既に29本の映画・ドラマに出演してた実績の持ち主。

台湾きっての大スター。台湾は対日感情が非常によろしいんで、国籍が日本であることからも、アジアで活躍するときでも、「かねしろ たけし」の発音で通しているんだよね。

映画もDVD殆ど持ってるもんね。でも、彼と日本の橋渡しをお手伝いしていた人に、彼の人となりについて訊いたら「ファンが苦手」「ファンレター読まない」らしい。

普通だと、一気に冷める私だけど、金城だったら許してしまう。いい男ってよね。

斉藤和義の作った曲で「君の顔が好きだ」というのがある。

この歌詞面白い。

「君の顔が好きだ、君の顔が好きだ。性格なんてものは自分の頭の中で勝手につくりあげればいい。君の顔が好きだ、君の顔が浮きだ、形あるものを僕は信じる・・・」(笑

私の心情はきっとこれだわ。

いつだかの調査で、ハリウッドの男優の人気調査があって、ランキングが発表されてたけど、彼は東洋人で、おまけに、「TOO HARD TO DIE](ニューヨーク デイ ドリーム)という、全然ヒットしなかった映画に1本出ただけなのに、58位。これは凄い!

次回作は、中国人作家ハ・ジンが英語で書いてアメリカで図書館賞を取った
「待ち暮らし」待ち暮らし
という原作にもとづいて、映画監督・ピーターチャンが構想8年目にして、金城チャン・ツィーの共演で、やっとクランクインすると3年前に聞いていたのに、実際は「武侠」の方が、早くクランクインするみたい。どっちにしても、金城は出るんでいいんだけど、原作を読んでクランクインを今か今かと、たのしみにして過ごしてきたんで、ちと残念だなあ。

でも、この作品は、あの「ラスト・コーション(戒色)」のヒロイン・タン・ウエイの出演が決まったらしい。
あの、トニーレオンと演じた激しい愛のマグワリのシーンを見た人なら、次回作はソートー期待できるんじゃないかと想像すると思うなあ。できたら、あーゆーシーンを金城とやらせて欲しい。理由は股間を見たいという単純なものです(エッチ!

で、初めてなのですが、今日皆さんと分かち合いたい金城映画として、私は「暗黒街」を選びました。ストーリーの解説と、いくつかのスナップショットを貼り付けてます。ファンの方は是非続きを見て一緒に楽しみましょう。

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テーマ : 映画関連ネタ
ジャンル : 映画

失いながら生きる(2)

 うつ病になる原因については医者によって見解が異なっている。これが人事なら、「諸説アル」ということで自分などの知ったことではない。
 何ら原因となるような異変や継続して心を苛む人間関係や物事の存在がないにも拘らず、突然うつ病にかかる人がいる。昔は――――と言っても、どのくらい前なのか自分は、はっきり知らないが―――こういうケースが圧倒的に多かったらしい。

 うつ病という状態は脳の中にある、いく種もの神経伝達物質のうち、活動的な精神状態保つ役割を果たしていると考えられているセロトニンやアドレナリン等が通常の人間よりも極端に少なくなっているために引き起こされるらしい。
 突然発病する人は医学的には当然、何らかの原因があるはずなのだけれど、公には、「遺伝的要素が絡んでいるケースもある・・・」という歯切れの悪い不自然な見解が大勢を占めているらしい。
 
 自分は、このような発病の仕方をする人は殆ど遺伝的な宿命なのではないかと密かに思っている。医者の息子は、一部例外はあるとして、常人よりも遥かにやすやすと医学部に進学する。それを見て、不思議に思う人もいないわけではないだろうけれども、大方の人達は血統がそれを可能たらしめていることを無言のうちに了解しているはずである。ならば、明るく、陽気で、面倒目のよかった人が、ある日突然、口がきけなくなって寝込んだりするような事態があるとすれば、まず一番に頭に浮かぶのは血統――――つまり、遺伝的問題だと考えるのが自然ではないだろうか。
 しかし、それを医学上の常識であると認めてしまうと、精神疾患患者を親や兄弟・姉妹にもつ人達の就職や結婚に深刻な影響を及ぼすことになるのは必至である。これは、極言すれば、部落問題のようなややこしい差別論争を引き起こしかねない。統合失調症の母親が双子を出産した場合、50%の確率で片方の子供は同じ病を発病しているにもかかわらず、以後巻き込まれるであろうと思われる訴訟や賠償金問題やらに早くもうんざりして、医学界――――というより厚生労働省は、例の事なかれ主義でもって、遺伝的要素は否定できないけれども、その割合は軽微であるという立場をとっているような気がする。

 原因不明のうつ病患者の場合は3ヶ月程度の服薬で寛解もしくは、限りなく治癒に近い寛解という状態にまで回復し、薬との縁が切れるのも早いような印象がある。しかし、今の時代、うつ病で精神科もしくは心療内科のお世話になる患者の殆どは発病の原因がはっきりしている。
 自分も含めて、一般に内科や外科と違って精神病院という所は、つとに敷居の高い所である。可能ならば誰だって、一生涯、無関係でいたい場所の一つであろうことは確実である。そもそも子供の時代に、自分がそんな病院の患者の一人になるはめになるなどと予想していた人間なんて、ただの一人もいないのではなかろうか。

 一年の半分以上を、ホテルのように清潔でゴージャスな設備と、気の利いた対応をしてくれる医者や看護師、それに同じ病に苦しむ輩に囲まれて過ごしていると、島倉千代子の声で決まったフレーズが毎日のように、不可解な安堵感を伴って響いてくる――――「死んでしまおうな~んて、悩んだりもし~たわ。薔薇もコスモスさえも消えてお終いよぉ~・・・人生いろいろ、患者もいろいろ・・・」
 
自殺防止のためにカーテンによる仕切りはないものの、冷たいパイプ式ではないフランスベッドに一人に一台の冷蔵庫、2人部屋・個室になると、高台に立つ病院からの美しい夜景に24時間使えるユニットバス・トイレまでついてくるのである。
 演歌に励まされる自分は我ながら呆れるほど滑稽で、手の施しようのない生き物に変身してしまったのではないかと感じられるのは何故だろう?昔の精神病院の病棟は鉄格子と頑丈な鍵で社会から完全に遮断された狂人の棲家だったはずなのに、時代は変わり、時代の方が精神病院に歩み寄ってきて、自分が一生ここに住んでいられたら、どんなに楽で快適な人生になるだろう・・・などと、ちょっと家人には口に出しては言えないようなことを夢想させるほど、病棟での生活が気楽で心地よいからかもしれない。自分をいつもイライラさせる家事の全てが、そこにはないのだから。

 近年、テレビ・新聞・雑誌などのメディアを使って、製薬メーカーが盛んにキャンペーンを行っているように見える。

 「うつ病は心の風邪。正しい服薬によって短期間に必ず治ります」。
 精神疾患の経験のない人達がこのコピーに触れると、うつ病とは一過性の心理的な落ち込み状態を指しているのだと想像するにきまっている。うつ病イコール「セイシンビョー」という、ある気色の悪さを払拭するのには、うってつけの効果が期待できるかもしれない。病院に行くこと自体に対する抵抗も格段に低くなるだろう。しかし実態は違う。うつ病というのは「心」という物理的に実態を持たない曖昧なものの不調などではなく、複雑な構造を持ち、全ての機能の数パーセントしか未だに解明されていない立派な「脳」の病なのである。

失いながら生きる(1)

学生時代の自分なら、読み物の中に意味の分からない言葉を発見すると、一種、義務感にかられて、片っ端から辞書で正体を確認しなければ落ち着かなかった。
だが、この歳になると、時代の流れるスピードは若い頃よりも数倍速く感じられ、初めて見る言葉で、意味どころか、その語がどんなカテゴリーに属するものなのか、推理すらできないのに、まるで覚える必要のない外国語でも扱うかのように、理解しようとは思わなくなっている。

ボキャビュラリーが順調に増えていっていた学生時代の自分を思い返すと、今の自分の脳ミソからは言葉が少しずつ減っていっているのではないかという妄想すら抱くようになった。

向上心というものを自分から奪い去ったものは何であるのか?

ある晩、ぼんやり霞む新聞に目をやった時に、当然のように答えはやってきた。老眼鏡というものが必要になってきてから、自分と時代との関わり方が情けないほど弱気になったのである。つまり自分が歳を取ってしまったという抗いがたい現実を、老眼鏡が否定できない真実として、つきつけてきたのである。
もう、お前は若くないのだ、これからを生きる人ではなく、カウントダウンの中で徐々に機能を失って、手入れが必要になった身体に絶望しながら、嫌でも老いていく体の中に住んで、いつまで続くかわからない平凡な「生活」という生々しい苦を生きなければならないのである。「拷問」・・・そんな極端な言葉が頭をよぎる。

自分の場合、ふと、こんなことを考えなければならない時、誰だって同じなんだ、自分だけが特別に不運なわけではないのだということに何故か気がつかない。これは幼い頃の自出と関係があるのかもしれない。周りはそうでも私はちょっと違う――――こんなことを毎日夢想していたら誰だってそうなるのかもしれない。

しかし、今頃、こんな繰言を吐いていては、自分の余生は、死刑が確定しているのに、執行の日に怯えて、塀の中で毎日、毎日、朝の8時を迎える囚人と同じではないか。――――自分はついに「うつ病」から「反復性うつ病障害」という、何やら深刻めいて、ありがたくも無いご託宣を主治医が告げてきたのだから・・・。

                      

ギタリストになりたかった男

うちのは、高校時代にロックバンドをやっていた。
当時は「L-モーション」なるコンテストがあり、ブロック大会で優勝すると、メジャーレーベルからデビューのチャンスが与えられていた。

夫のバンドの名前は「スキャンティ」(ロックバンドだから、みんなシャイなのに無理してつけた名前ね)

高校生の時、県大会で優勝した。これは確かに凄い。勉強もしないで、っていう意味でね!

そして、九州大会出場権を獲得。いざ、福岡のコンテスト会場に乗り込んではみたが・・・

審査委員の席に前年に優勝しデビューを果たした「モッズ」が座っているのを見て、一気にその気に。

福岡代表バンドは・・・あの陣内孝則率いる「ロッカーズ」だった。勝てるわけがない。陣内君が亡くなったバンド仲間に捧げるつもりで作成した「ザ・ロッカーズ」・・・・だったっけ、映画。あんなに才能溢れる陣内君だもん、そりゃーデビュー前から、オーラのリングはデカかったよ。

ライバルの演奏なのに、見とれている夫のバンドメンバー達。「かっこえーなあー

結果は、勿論、「ロッカーズ優勝で、彼らはデビューした。でも、作曲能力だけは平凡の域を脱してなかったんでバンド活動はすぐに終わって、後は陣内君の芸能界での活躍が始まったのは、皆さんご存知のとおり。

翌年
。またまた出ました「L-モーション・九州大会」。今度こそはと期待してね。審査委員には、きっちり陣内君が座ってた。

さて、その年の福岡代表は・・・学ラン着て、シャネルズよろしく踊りながら唄う藤井フミヤ君率いる「チェッカーズ」。別に大したインパクトは無かったけど、不良少年が学ラン着て、真面目にポップスを唄っている姿はコミカルでかわいかったなあ。

で、優勝は勿論、件の「チェッカーズ」。審査委員の講評はイマイチ歯切れが悪かったけど、彼らを選んだ審査委員の先見の明には、業界人の勘みたいなのが働いたんだろうなあ。夫はこれで完全に日本のロック界との縁が切れてしまった。南無阿弥陀仏・・・・

で、夫が次に走ったのは、ギターコレクション。と、言っても、お金ないんで「誰が弾くんだ?」っていいたくなるくらいに無駄なギターが、うちにはあるという程度。そして、不惑の歳をとうに過ぎているのに、イチバン好きな番組が、ひかりTVでローリー寺西君がやっている「ロックの学園・軽音部

これに出てくるヴィンテージもんのギターの一本一本によだれを垂らしながら、ローンで買ったギブソンのレスポールを大事そうに取り出しては、自分に酔いながら毎回同じフレーズを弾いては詰まったところで片付けるのが日課である。この番組を夫ほど楽しみにしている人はいないんではないかと思うくらいよ。

でも、毎回出るゲストもバラエティ豊か。筋肉少女帯の橘高文彦とかギターの名人がでてくるもんね。

で、うちにあるギター。一部を貼り付けの刑に処します。誰が弾くんじゃ。責任者出て来~い(`ω´)ノ

貼り付けの刑なのだ

フェンダーのジェッフベックモデル
 
フェンダーのジェッフベックモデルだとよ

ギブソンのうん十万もするレスポール

憧れのギブソンのレスポール何十万円したと思っているのかしら、全く。会社員のクセに、これこそ道楽よね

像さんギター

電池切れたの何年前?誰か触った人いる?

ストラトキャスター

ストラトキャスターってうちに何本あるんだろう・・・


ストリート オブ ファイヤー

今日は借りてきた、ロック映画の決定版・・・でもないですが、むか~し、一斉を風靡した「ストリート オブ ファイヤー」を見ました。

音楽の担当がライクーダなんで、そこそこイケてるとは思いましたが、サウンドトラックまでには思いは至りませんでした。

が、主演のマイケル・ピレ色気すさまじいこと。この人、初めから俳優志望じゃなかったんで、この作品の後は全部B級映画出演に留まってますが、もったいないねぇー。押し倒されたい、いい男前

ミュージカルかと思うほど単純なストーリーなんで、プロットを神経質に追いかける必要がないぶん、このいい男に集中できました(^皿^)v


      見よ、この男の色気を!

               凄い色気だにゃー

                     あっは~ん、押し倒されたい! 

                               抱かれたい男に選ばれてもいいくらい・・・
                           
        ダイアン・レインと共演だったのよね!

                   ダイアンと共演だったのよねぇ

         失礼!これはゴッドファーザーのマイケル!

                            失礼、これはゴッドファーザーのマイケル

で、現在の彼の画像をチェックしたけど、予想通り。やっぱりアメリカーン。太ってましたね~。見る影もない。

でも、ロックファンが何も考えずに楽しめる映画の中では3本の指に入れていい、秀作だと思った次第です。
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